震災関連

熊本地震

 4月14日21時26分、熊本県熊本地方を震央とするMj6.5の地震(前震)が発生し、熊本県益城町で震度7を観測しました。4月16日午前1時25分には、Mj7.3の地震(本震)が発生しました。
 慈愛園では、前震直後速やかに避難し、子ども職員共にけが人は出ませんでした。数時間ほどグランドで待機し、様子をみて一度各ホームに戻ることになりました。子どもたちは地震の恐怖もあり、その日は各部屋ではなく食堂や廊下に布団を敷き、全員集まって休みました。寝ている間も余震は続き、職員の携帯からは緊急地震速報のアラームが何度も鳴り響きました。余震は続くものの、子どもたちは少しずつ落ち着き始めた矢先、4月16日午前1時25分の本震が再度子どもたちを襲いました。本震の揺れは、とにかく長く感じました。揺れている間は身動きがとれず、揺れが収まったあとに子どもたちを起こし避難しました。本震でもけが人が出なかったことは、不幸中の幸いと言えるでしょう。職員は二次災害を防ぐために各ホームのガス栓を占めに走り回っていたことや、震える子どもたちを抱きしめてあげていた光景は脳裏に焼き付いています。

子どもたちによる炊き出しボランティア

 慈愛園の子どもたちは、本震後避難されている被災者に何か出来ることはないか、と考えました。職員も話の中に入り、話し合いを重ねた結果ボランティアで炊き出しのお手伝いをすることになりました。
 震災の寄付で多くのお米をいただいていたため、慈愛園で炊き、子どもたちも一緒になっておにぎりを作り、砂取小学校に運びました。砂取小学校では、他のボランティアの方々もいたため協力し、物資の配布などのお手伝いをさせていただきました。
炊き出し
震災
ボランティア

子どもたちが感じたこと

 地震の経験や、炊き出しのお手伝いをさせていただく中で子どもたちが感じたことを記録として残しています。その中のいくつかを紹介したいと思います。
 「ボランティアに参加して」  高1 男
 
 僕は、砂小に避難してきている方々の救援に行ってきました。現地を見て思ったこと は、こんなに近いのに被災の差が違うと思ったことです。こうしてみるとやっぱり慈愛 園は恵まれているなとつくづく思いました。
 僕が行ったことは、高齢者の介護、タオル配布、不足物調査などしました。 高齢者の介護は、主に、食料運び、食後の皿、おぼん集めなどです。タオル配りは、不 足している方に配りました。 不足調査は、直接話を聞いて、不足している物資を届けました。
 いずれも、社会に貢献するために必要なことだと思い志願しました。今回は、被災し た方と救援する方の両面を体験することができました。まだまだ余震や復興が続くと思 うので、熊本が元気に戻るように祈りたいと思います。また、社会に貢献できるように 努めていきたいと思います。
 「熊本地震のボランティアに参加して」 高3 男
 今回、私は熊本地震の影響で避難所になった砂取小学校のボランティアに参加させて いただきました。私自身も大きな地震が初めての経験だったので、正直とても驚きまし た。そんな中、テレビを見て、被害の大きさを痛感しました。また、避難所の様子を見 ることができ、何かできることはないかと思っていました。だから、ボランティアに行 くと言う話しがあったときは、積極的に参加しました。  砂取小学校にもたくさんの人が避難していました。私は物資を運んだり、お年寄りの 方に食事を運んだりしました。私は少しでも元気に生活をしてほしいという思いで一生 懸命働きました。私の中で印象的だったのは、みなさんの笑顔です。仕事をこなしてい くうちにたくさんの方々の笑顔を見ることができました。そのせいか、私も笑顔になっ ているのが分かりました。そして、「ありがとう」という言葉も何度も聞くことができ ました。その度に自分たちがやっていることは避難者の方々の役に立っていると感じま した。
 最後に、この地震で多くの人が亡くなりました。家が倒壊した人も多くいます。ライ フラインが整っていない家もまだあります。まだ助けを必要としている人もいると思い ます。本当は砂取小だけではなく、色々なところにボランティアに行きたいという気持 ちでいっぱいです。もっと人の役に立ちたいと思います。友だちの家はまだ断水が続い ていると聞きました。慈愛園は本当に恵まれていると感じました。当たり前に生活がで きていることが幸せだと思います。熊本県が安全に復興するにはまだまだ時間がかかり ます。しかし、みんなが助け合い、支え合い、一人でも多くの人が一日でも早く普通に 生活できることを願っています。職員の先生方も疲れていると思うけど頑張って下さい。 残り一年間最後までよろしくお願いします。
 「みんなと協力したボランティア」 中1 女
 私は4月 18 日と 19 日に砂取小学校にボランティアに行きました。初めての日、私は おにぎりを配りました。最初は友だち3人としました。その後は、二人の友だちは違う 係をしたため、私は一人でおにぎり配りを頑張りました。思ったより人数は少なかった けど、おにぎりをもらう人の中でこんなことを言う人もいました。「前は一つのおにぎ りを家族で分けないといけなかったのに、一人で二つもおにぎりが食べられると嬉しい」 と言っていました。私は、そうなんだぁと思いました。おにぎりをもらう人みんなが嬉 しそうな顔をしていたので良かったです。
 砂取り小学校に避難している人の中に、ケガをしている人、病気の人、耳が聞こえな い人がいました。避難している人みんなが大変なんだと思いました。 私も地震は初めてだったけど、これから避難している人達の手伝いを、進んでできるよ うにしていきたいです。また、砂取小学校に避難している人達だけではなく、他の避難 所で生活している人のお手伝いもしたいなと思いました。そして、みんなが嬉しい気持 ちになったり、笑顔になったらいいなと思いました。

​熊本地震から5年が経ち

熊本地震を振り返って

​熊本地震から5年が経ち、当時を振り返ると幸運に恵まれていた事が多かったように思います。被災した中で私たち職員が一番気を使ったことが子ども達への心のケアでした。怖くないと強がりつつも部屋の中でもコートを脱ごうとしない子どももいましたし、一人では眠れないと廊下に布団を出して皆で寝ている子どももいました。職員一人一人も大変な中で子ども達に寄り添い、しっかりと子ども達の心のケアをしていくことができました。設備面もガス、電気にはほとんど問題なく水道も地下水のため少し濁りはしていましたが問題なく使える状態でしたので安心して過ごすことが出来ていました。また、卒園生や慈愛園の関係者の方、有志の方々からの寄付も沢山届くことでそういった不自由も感じさせることなく子ども達も徐々に落ち着いていくことが出来たのではないかと思います。

時間が過ぎるのはとても早く、中学2年生だった子ども達は卒園し進学や就職など様々な進路に走り出しておりとても成長を感じることが出来ます。

今、新型コロナウイルスが猛威を振るう中でしっかりと自立をしていこうとしている卒園生たち。その背中を見て改めて感謝の気持ちを忘れることなく毎日の生活を過ごしていきたいと思っています。

​「熊本地震」 18歳(卒園生) 男

まずは、熊本地震とは何なのかを話させていただきます。

熊本地震は、2016年4月14日に前震があり、4月16日に本震が起こり、益城や南阿蘇を中心に被害が及んだ震災です。それにより死者数訳161名、負傷者2692名の人的被害が発生しました。他にも熊本城が壊れたり、住む家がなくなるなど多くの人が被災しました。

その時、私が14歳でとても怖く不安だらけでした。初めの震災の時21時ごろでしたので他の子ども達と一緒にテレビを見て楽しんでいる時間帯に急にグラグラと揺れだし、先生が「地震だ!机の下に隠れろ!」と慌てた様子で声を掛けられ自分自身も慌てながら机の下に隠れたのをよく覚えております。自身が収まり、寝ている子どもたちを起こした後、少し揺れながらもみんなでグラウンドに避難をし地震が少しおさまるまで寝て過ごしました。他の子ども達は「これからどうなるの?」「私たち生活していけるの?」という不安だらけでした。ですが、先生たちが「大丈夫だよ。」と、励ましの言葉をかけてくれたおかげで、騒いでいた子ども達も落ち着いた様子で自分自身もその言葉に助けられたのをよく覚えております。

次に本震が来た時の話をさせていただきます。本震の時には、もう大きな地震は来ないだろうと私たちの中では思っておりました。ですがその考えが甘く、16日夜中1時半ごろに本震が来ました。その時は私自身寝ておりましたが、揺れが激しくて飛び起きました。とても怖く不安でした。多少揺れが収まったとき先生が「避難するよ!早く出て!」と言ってグラウンドに出ました。近隣の方々も避難しに来ているのを見ました。その方々も不安そうで、携帯やラジオなどで情報収集したりしており施設の先生たちも子ども達をなだめたり寝かせたりしていました。その時はとても怖くみんなでリビングで寝たのを覚えております。本震の後、電気や水道が止まっている地域が沢山ある中で、自分たちのところでは水は井戸水で、電気は停電することなく無事でしたので生活には支障がなく暮らすことが出来ました。

​地震後、続々と各地からの寄付が届き応援のメッセージなどもいただきました。自分たちにも出来ることはないかということで、近くの小学校に避難している方々にボランティアをし、おにぎりやお菓子、日用品などを配りました。その方々からは「ありがとう」「感謝しているよ」などの言葉をいただきとても嬉しい気持ちになりました。今でも仮設住宅で暮らしている方々がいます。復興に向けて頑張ってくださっている方々も沢山います。私自身もこの震災を忘れずにボランティアなどの自分に出来ることを続けていきたいと思います。